株式会社チームクリエーションスタッフブログ

チーム創りと人材育成の株式会社チームクリエーションスタッフのブログです

あれから7年。カッコつけずに必死になろう

今日という日を特別に感じている人も多いと思います。
たとえ日曜日の忙しさに紛れてしまっていても、頭の片隅にはあの時の記憶がうっすら蘇る。そうやって年に一度であっても、うっすらであっても、思い返し記憶から抹消しないことも「風化させない」ためのひとつの手段じゃないかな、と思うんですね。

あの時私が感じたことのひとつは、生きるための必死さでした。
この日本で、まさか「生きるために」を考えるなんて正直思ってもみなかったけど、食べるものがない、連絡がつかない、家に帰れない、車が動かせない、店が閉まっている、いつも当たり前にあったものが突然なくなる恐怖と不安は、必死になることを余儀なくされました。生きるために。

必死にならなければ取り残される。少ない情報を拾い集めて今を、明日を、もっと言えば未来を必死に考えて自分で何かを決断することがたくさん求められていたような気がします。正解なんてわからずとも。

 

若い時は私も必死になっていた時がありました。はじめて営業の世界に飛び込んだ時は「素の自分ではぜんぜん戦えない」と焦り、一生懸命背伸びをして周りに追いつこうと必死になりました。この世界で生き残るためにはまず自分で考えなければならないし、最大限考えた上で行動を決断しなければすぐに置いていかれてしまう。

そういうのをすっかり忘れていました。あの大災害に直面してもなお、私は当初カッコつけていたところがあったような気がします。大行列のスーパーやコンビニで食料や日用品をカゴいっぱいに詰め込む人の気持ちがわからなかったし、ぞくぞくと県外に避難する人たちをただぼーっと眺めていたし、ボランティアでの指示系統のなさに辟易していたし。

けれど、あの不安と混乱の中、自分と自分の大切な人が生きるために「今何ができるのか」を必死に考えた結果の行動を取っている人達だったのです。私はカッコつけて周囲を評論していただけだったかもしれない。

人より遅れてしまったかもしれないけど、そこに気づいて以来、自分の今を、未来をきちんと考えるようになりました。行動の決断とともに。

 

7年経った今もまた、多少カッコつける自分が出ていた気がします。
必死になって何かを成し遂げるために考えよう、答えなんてなくとも覚悟を決めて行動を決断しようという必死さが薄れていた。

誰かに頼り、甘え、考えることを放棄し、情報に流され、行動を自分で決められない。そういうときこそカッコつけているんだろうな。それは良い意味での「人の力を借りる」とは全然違うのです。あの時のように周りばかりを見て評論家のように意見するだけ、自分では何も決めていない。そんな傾向があったかもしれないなと反省しています。

あの時感じた、生かされた命の重みと、ちっぽけで何もできない自分の無力感をもう一度思い出し「必死にならなきゃいけないときもある」と自分を奮い立たせるきっかけにしたいと思うのです。

 

(伊藤)