株式会社チームクリエーションスタッフブログ

チーム創りと人材育成の株式会社チームクリエーションスタッフのブログです

もう○○なんてしないなんて、言わないよ絶対

自分の気持ちをわかってもらえない、大切にしている価値観を理解してくれない、こんな場面で人はある選択を取ることがあります。それが「もう○○しない」と行動を自分で制限すること。

昔、私が家族の中で母親の代わりを買って出ていた頃。家族のひとりが「今日履いていく靴下がない」と騒ぎ出したことがありました。洗濯物が乾いていなくてです。でもタンスの中にはいくらでも他の靴下が入っているのを私は知っています。「そう、じゃあこの靴下はいらないね?」と言い放ち、それらを全部ゴミ袋に放り投げ、家族の洗濯はもうしないと宣言しました。

家族のためを思って洗濯をしている労力を理解してもらえていないと感じました。それどころか「なんでもっと早く洗濯してくれなかったの?」と責められているように感じ、反発し、攻撃をしました。そんなんなら2度と洗ってやるもんかと決め込んだのです。

お恥ずかしい昔話です(笑)


どプライベートを例にあげましたが、仕事の上でもこういうことってありませんか?
自分の必要性を認めてくれないから役に立とうと思えない。どうせわかってもらえないから何も言わない手を出さない。評価されないのなら努力しても無駄だ。

傷ついた経験があったのかもしれません。否定をされた、指摘を受けた、恥ずかしい思いをした、失敗した、うまくいかない…こうした経験が恐怖となり足かせとなって、傷つくのを避けるために「もう○○しない」と決意させる。自分を守ろうとしているんですね。

この足かせを外すのは実は簡単です。
相手からもらう「ありがとう」のたった一言だったりするからです。
自分の価値観や労力を認め受け入れてもらいさえすれば、また動き出せます。「もうしない」と決めるまではできていたことなのです。「わかってほしい」が満たされれば足かせはもういりません。

だけど本質はそこではありません。
なぜかというと自分では足かせを外すことができないのか?という疑問が残るから。

自分で決めたことなのに自分で制限を解除できないのはおかしな話ですが、人間には意地っていうものがあります。どうしても「わかってもらうまでは」と相手に求めることに固執しちゃうんですよね。

そう、相手に求めている。これが根っこにある本質だということです。


認めてもらうために仕事をする、評価されるために頑張る。
わかってもらうために説得する、理解させるために話をする。
居場所を確保するために自分を犠牲にする、好かれるために意見を飲み込む。

全部、目的は「相手からもらうこと」じゃないですか?

普段から相手に何かを求め、相手からもらう目的で動くのが習慣になっているから「それが満たされないと動けない」という構図が完成します。満たされない場面に遭遇すると「相手が〜してくれないから」と行動を制限し、なお相手に求めようとする。
結局は、相手ありきの行動しかできていないのでは?ということなのです。

正当に評価され、承認され、居場所があって、安心して動ける環境を手に入れる権利は誰もが持っています。でもそれは「手段」であって「目的」ではないはずです。何のために「人のために動くのか?」を突き詰めて考え「自分がそうしたいから」という動機に行き着かない限り、相手に求め続けるようになります。

これが自分を苦しめていることに気づかないといけません。

家族のために洗濯をしてあげている。
やってあげている自分は家族に貢献できている。それが嬉しい。
ここに動機があったなら、もう2度と洗濯なんてしないなんて言わなかったよ絶対。


(伊藤)