株式会社チームクリエーションスタッフブログ

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△(さんかく)を受け止める勇気を持とう

高校の頃だったと思いますが、現代文のテストにあった文章題に「下線部のときの主人公の心情を答えよ」みたいな問題があったんですね。私は一生懸命想像しその問題に答えました。返された答案には見事にバツがついていたのですが、それが不思議で仕方ありませんでした。

「主人公の気持ちなんて、主人公か作者にしかわからないのに、間違いもへったくれもあるか?!」と。

はい、ひねくれ者でした。

ですが今でも思います。
こんな風に人の気持ちにまで正解を求めようとする教育なのです。「正解をたどらないとマルはつけられない(認められない)社会なのだ」と勘違いしてもおかしくありません。

そういう教育を経て社会人となり、仕事を覚えて成長し、ある程度仕事を任せられるようになるわけです。やはりこの局面でもそりゃ出ちゃいますって「正解は何だろう?」っていう思考が。

上が会社が求めていること、取引先や関係者の期待、部下から批判や愚痴が出ないこと、そして自分がやりたいこと。正解なんていっぱいあるのにそのどこかに絶対解を求めその他の解を弾くようになってしまう。

さらにその絶対解がわからないまま進むことを恐れ(バツをつけられたくないから)、正解を見つけ出すことにこだわって、いつまで経っても前に進めない状況って多いのではないでしょうか?


冒頭の現代文のテストの答えは、切り取り方を変えれば無限に正解が出てくるのだと思うんです。人の心情に正解なんてありません。それなのに一つの絶対解として出題されるのはおかしい。

リーダーシップやマネジメントもそれと似ています。最適解はあっても絶対解はありません。ましてや多数決で決まるものでもない。正解かどうかの確信を得られないまま進めなきゃいけないことがほとんどです。

切り取り方を変えれば、捉え方を変えれば「誰かにとってのマル」も「別の誰かにとってのバツ」になる断面だってある。その状況を受け止めつつ、できるだけ最適化させながら前に前に進めていこうとする勇気が必要じゃないでしょうか。

△(さんかく)を受け止める勇気とも言えるかもしれませんね。


「求められるのは”最適解”なのだ」という自覚が大切です。
自分の解も誰かの解も正解。その中でどうすれば最適化できるのか?だけを常に考え、絶対視しないこと。

社会の中では教師からマルやバツをつけられることはありません。
上司が、会社が、部下が、取引先が、自分にマルやバツをつけていると考えてしまうと答えを見つけられなくなってしまいますよ。

(伊藤)