株式会社チームクリエーションスタッフブログ

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自己分析に正当性はない

10代後半から20代にかけて、ほとんどの人に「自分のことは自分が一番よく知っている」という自覚が生まれます。

 

何度かの成功と何度かの挫折を味わい、経験則や統計を固め、ここまでは通用する、ここからは無理、こんな特性がある、と認識するようになるのです。

 

いわゆる自己分析が完了するんですね。

 

そしてそれを基準に人の話や物事を捉えるようになります。

 

 

そんなもの見当外れも良いところ、まったく意味のないものだと自覚しないままに。

 

 

自分を知っていると思いたい理由はきちんとあります。

 

人の不安の本質は「空白」です。

自分を関わるものをわからないままにしておくことを脳は絶対に許しません。

空白を埋めるために理由や根拠を探し当てると、「だからこうなんだ!」と納得し安心できるのです。

 

問題はその理由や根拠。

まったく正当性のないものでも、不安を埋めるために必死な脳は受け入れてしまうのです。

 

わかりやすい例で言えば、血液型性格判断がバカみたいに浸透したことでしょう。

 

自分がどんな人間か、相手がどんな人なのかという「空白」を脳が嫌がり、血液型という枠にはめ、理解したつもりになって安心します。

 

直接関われば空白は埋まるのですが、パターンが理解できないものに手を出すのは致命的な失敗につながる恐れがある、また、そこまでの労力を惜しんでインスタントな言い訳を作っちゃうんですね。

全然違うのに。

 

 

つまるところ、「自分は知っている」と思うことは驕りと逃げでしかないのです。

逃げが悪いかどうかは置いておいて、とりあえず自分のことは自分が一番よく知っていると言う人は、驕っています。逃げています。

 

空白に向き合うのが嫌で、わかっていることにして(早く終わらせよう、目を背けよう)、と必死なだけ。しかもそれを本気で正しいと思っているからタチが悪い。

枠の外が怖いので、的確なことを言われたとしても「間違っている、これまでのデータを総合すると自分はこういう人間だ」ともっともらしい決めつけをします。

 

 

 

僕はこれまで周りから「自己分析できてるよね」としょっちゅう言われてきました。

実際知ろうとして、いろいろ考えてましたし、的中しているように見えるものもたくさんあったので、自分という枠を知っていました。

 

 

案の定、そんなもの意味がありませんでした!

躍起になって埋めた空白はやりたいことまで埋めてしまって、必死に作ったくだらない枠は自分にできないことを見事に増やしてくれました。

 

 

今はその枠の外にいます。

枠はまだ残っていますが、自分が知らない自分が出るわ出るわ、できないと思ってたのに意外とできるわ、居られないと思っていた場所に立っているわ。

 

正直驚いていますが、受け入れてもいます。

 

調子にのった言い方をすれば、僕は、僕自身で作った枠なんかより大きい人間だったということです。

できないと思っていたことは、やらなかっただけ。

 

 

そして、誰もがそうだなんだと、仕事を通して知りました。

 

ただ、自分一人の力で気づくことは不可能です。

 

せっかく作った枠の外にわざわざ自分から出る人はいないので、枠の外で自分が通用することに気づく場面が来ないのです。

 

他人の声を鵜呑みにすることまでおすすめしませんが、仲間の声は素直に受けとる、受け取れなくてもとりあえずやってみる。

 

枠を越える瞬間はそこにあります。

 

楽をするために作ったのに、枠の外に居る方が、気持ちがめちゃくちゃ楽で、イキイキできるというのは皮肉なものです。