株式会社チームクリエーションスタッフブログ

チーム創りと人材育成の株式会社チームクリエーションスタッフのブログです

見て見ぬフリをしていたら、世界がゆがんで見えていた

会社勤めをしていた私にも部下がいた頃。様子が気になっていたある1人の男性部下と面談をすると「仕事を辞めようか考えている」と申し出てきました。その理由を尋ねると「自分の能力ではこれから先一緒にやっていくのは難しい、と感じたから」ということ。

結論からお話しすると、その男性は会社を辞めることになったのですが、当時はほんとうにいろいろ考えちゃいましてね。「もっとああすればよかった」「こうしておけばよかった」もうタラレバのオンパレード。

詳細を控えるため多少ニュアンスは変わりますが、面談の数ヶ月前あたりからすでに兆候は出ていました。

・人に対してのネガティブ発言や攻撃的な自己防衛の態度
・取引先からの「仕事に対する姿勢」に関してのクレーム
・本人の口から「弱さ」の露呈、やる気や覇気のない仕事ぶり

他者への攻撃やクレームなど面談時に抱えていた問題はそれ以前から本人が心の底で抱いていた根深い感情から生まれていました。

もともと、「人に必要とされたい」「自分を認めてもらいたい」という強い気持ちがあり、その良さが活かされている間は生き生きと仕事をしていた人でした。
ところがその気持ちには【今、自分が持っている能力で】人から必要とされるという条件が付いていて。

だから、自分が感じる能力以上のものを求められた時、「このままでは”認められない”」「”できない自分”を周囲にさらしたくない」という守りの姿勢が表面化して、攻撃やクレーム、やる気のなさへと発展していたのかもしれません。

 

周囲は「彼の能力以上のものを求めている」とは感じていませんでした。生き生きと仕事をしていた時の彼は同じことを難なくこなしていたからです。間違いなく彼はその能力を持っていたと周囲は考えていた。

ただ、難なくこなしているように見えた時の彼も、今思えばその内心では必死に自分の弱さと戦っていたのだろうと思います。「できない自分と思われたくない」という気持ちと戦って、能力以上の頑張りをしていると自己評価していたのかもしれない。「あの頃のような無茶な頑張りをしなければ、評価や称賛は得られないのか…」彼の中では現状をそんな風に捉えて、投げやりになっているように感じました。

 

頑張りどころをちょっとだけ間違えちゃうことって誰にでもありますよね?「必要とされたい」と思ったら「どうすれば必要とされるか?」を考えるけれど、自分が「これを頑張れば周囲は認めてくれるはず」と考えていることが周囲が求めていることと食い違っていたら、「これだけ頑張っているのに認めてもらえない」となってしまう。

周りにいる人、置かれている立場や環境などが変われば当然、「自分に求められること」も変わってくるはずだけれど、その変化を受け入れることができなかったのかもしれないな、と。

面談では私自身の経験も事例に挙げて、そのあたりを切り込んでみたものの、結局、わかり合うことはできませんでした。対応するのが遅すぎた、今ならもう少しうまくアプローチできたかもしれないのに、とやっぱり多少後悔は残っています。

 

ただ、人の気持ちや行動は誰かが操作できるものじゃありません。
自分で誰かから何かを感じ取り、それを噛み砕いて消化して何かしらの答えを出し、その答えをもとに行動を選択する。

この「感じ取る」段階でゆがみが出てしまうのは誰のせいでもなく、自分の持っているフィルターの影響です。フィルターの中身は幼少の頃の体験かもしれないし、もっと後発的な仕事上の体験かもしれない。

いずれにしろそのフィルターをつけたままでは、誰が何を言い、何を働きかけてもゆがんだまま見えてしまう。ちょうど色のついたメガネをかけているみたいに。そして悪いことに、フィルターの存在には自分ではなかなか気づけないんですね。

「怖いから見たくない」という無意識の防衛が働くから。
「今のままがいい」という安心安全の欲求が優先されるから。

私自身がずっと何年も多くのフィルターをつけたまま、その存在を見て見ぬフリをして物事をゆがんで見ていたからこそ、できればそこに気づかせてあげたかった。
フィルターをちゃんと認識し、もっとラクに前に進める未来を見せてあげたかった。

けれど、こればかりは人が動かせるものじゃないんですね。

 

自分を認めてほしいという欲求は誰もが持っています。満たされない時は自分を守ろうとして、認めてくれない他者を責めたくなることだってあります。
けれど「認められない」現状には必ず理由があって、大概のケースで、自分と周囲との考えのギャップが関わっています。そこに気付かないといけない。

それに「人から認められること、必要とされること」ばかりに目が向いているときは、「自分は人を認めているのか?必要としているのか?」ということを、つい忘れがち。

人からもらうことばかり考えて、自分は何ら与えていない現状を見ないようにして、「これだけやっている」と自分を正当化させてしまうからです。周囲とのギャップに気付けないまま…

これ全部、私も痛い思いをしながら経験してきた教訓です。

 

ちょっとだけ、人を受け入れて欲しい。
ちょっとだけ、できない・弱い自分も受け入れて欲しい。
もう少し、周りの人を必要としてあげて欲しい。
もう少し、今のそして未来の自分を認めてあげて欲しい。

そうすればもっとラクに自分と周りを見られるようになり、うんと楽に考えられるようになるからです。

 

(伊藤)