株式会社チームクリエーションスタッフブログ

チーム創りと人材育成の株式会社チームクリエーションスタッフのブログです

その理想は、本当に合っていますか?

「ありのままの自分でいいんだ」と誰かにアドバイスをもらっても「そんなのムリ!」と思っていました。


現状の自分が受け入れられるとは到底思えなかったですし、もっとデキる人はたくさんいるし。そのままの自分でいいということはつまり”ラクをする”ことなんじゃないかって思っていたからです。


自分に足りないものばかりが見えてくる。理想の姿になるにはもっと知識や技術を得てもっと努力しなければ届かない…ちょっと理想に近づけたと思ったら、すぐに現実の自分とのギャップに苦しんだりして波が大きかったように感じます。


ギャップに目が向くと自己否定感が強くなり、その度合いが進むと「○○のせいで変われないんだよ」みたいに責任転嫁することもありました。そうなるともう誰が何を言っても「どうせ今の自分なんて」みたいにドツボにはまってしまいます。

 

 

そんな中でも「ありのままでいい」という言葉がじわっと心に沁みる時があります。

たとえば頑張りすぎて疲れてしまっているとき。

自分を変えたいのに何をやっても変えられないと悩んだり、変えようと必死に努力して努力し続けて疲弊しているときは、足りないものを埋めようと頑張っている自分を承認されたような気がして感情が溢れ出してくるんですね。


この状態のときの誰かの助けや気づきは力になります。

なぜかというとドツボから抜け出すには【自分を許す、認める】という過程が必要だからなんですよね。


そもそもどうして「ありのままの自分じゃダメ」と思っているかって、「こうしなければならない」という理想的な価値観があったりして、自分に許可を出せていないからです。


現状の自分の姿に対して「それでいい」「これがOK」というフレーズを口にすることができていません。ダメという否定をすることで「お前にはまだまだ足りないんだよ」と自分自身に言い聞かせている状態です。


ですが「今」と「過去」の自分を許してあげないと先には進めません。

「どうせ自分なんて、(過去や現状がこうだから)未来もそうであるに違いない」と、自分で可能性を潰しているのに、先に進めるはずもありません。

 

 

こうやって悩み苦しみもがくタイミングって「理想の自分の姿」自体を疑ってもいい時期なのかもしれません。


今の自分は、過去に「こういう姿でありたい」と思って努力してきた結果です。けれどその理想の姿を手に入れることができていない現状に苦しんでいる。ということはそもそもの理想が本来の自分とは違うフィールドだったのかもしれない…と考え直してもいいじゃありませんか。


理想に執着しすぎるから、叶えられない自分を嘆き、そうなれない自分を責め、苦しんでいるのかもしれない…とは考えられませんか?


それまでの自分は、なんでも完璧にできて、弱みなんてなくて、自分を犠牲にするのも厭わず、周囲からの厚い信頼を得ている姿を理想として掲げてきたかもしれません。その理想を追い求め叶えることで自分は満足できるのだと思い込ませてきたのかも。


けれど「あいつは真面目に一生懸命努力してるけどどっか抜けてるんだよね」みたいな憎めない愛されキャラとして周囲の信頼を得ることだってできるはず。もっと言えば「あいつテキトーなのに、この分野だけは誰にも負けないんだよな」っていうギャップ萌えも狙えるかもしれない。


そういう姿のほうが、本来の自分の強みを活かせるという可能性だってあるんですよね。


いずれにしても、今持っている理想の姿が本当に唯一の絶対解なのか?って疑ってみると、意外に本来の自分が見えてきたりします。

少し怖い気もするけれど、理想を手放す勇気を持つのも大切です。


要するにそれが「ありのまま」ですからね。

 

(伊藤)